戦場のヴァルキュリア 第20章

【タイトル】「愛しき人」
作  画  :5(最初で最後の第1小隊達)
ストーリー :6(失った悲しみに耐えられなかったファルディオ)
演  出  :5(戦場の迫力もセルベリア一人にもっていかれた)
燃  え  :7(ヴァルキュリア人に完敗)
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【批評・感想】
イサラを失ったラマールが悲しみを背負ったまま戦場をどう生き抜いていくかに期待したいところであったが、惜しくも退場となってしまった。第7小隊の背景組よりも存在感があっただけにもったいないとしかいいようがない。最後に笑顔で逝けたのは、大切な人を死なせずにすんだからであろう。自分が何もできない所でイサラは死んだのであるが、自分の生死よりもファルディオを大事にしたのは、イサラの死に対して自分がするべきことを決意していたから。だからこそ、躊躇なくファルディオを庇えたのである。
帝国軍のマクシミリアンであるが、彼の戦略・指揮には期待していたのだが、両軍の総力戦にしては演出不足であった。ガリア軍を集結させるべく挑んだ決戦であるが、ウェルキンに心理面を見透かされていた。結果的にセルベリア一人いれば、圧倒的火力で敵を殲滅できるわけで、戦略どうこうよりも、セルベリアによる戦術だけで良いのである。どのタイミングでセルベリアを出すかであったが、ガンダム0083でのガトーが核攻撃を仕掛けたように、敵陣深く侵入させ一気に殲滅することも可能なわけなのだが、戦力勝負にこだわっているようにも見受けれる。ヴァルキュリア人から発せられる閃光が、かなりの体力を消耗するものなのか、連続で何度も放てるものかが不明であるが、OPアニメーションで披露したように、ヴァルキュリア人同士の対決色が強まったのであった。
ヴァルキュリアの盾と槍の存在であるが、マクシミリアンが今まで動かなかったのは、これらを手に入れる為に時間を割いていたから?

これまでウェルキンに代わって面倒見の良さをアピールしてきたファルディオが一転、精神崩壊に近い状態に。もしかしてアリシアがヴァルキュリア人なのでは? から、ヴァルキュリア人として覚醒させる行為に到ったわけだが、確証があるなしの判断もできない状態であったからこそ、ファルディオの姿が痛々しい。

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